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台湾旅行3日目 台中のバーへ行く

 朝早く起きて身支度を整えた。シャワーを浴びてロビーへ戻ったら、昨日会った北海道の学生が起きだしてきた。しばらく雑談していたら、また別の学生さんが出てきた。僕は今日台中に行く予定にしていたから、なるべく早く出たかったのだが、話の切れ間がないのと、体が相変わらず重いのとで、なかなか出る気にならなかった。後から来た学生はよく聞くと広島大学の大学院生だという。奇遇なこともあると思って急にうれしくなり、西条のことなどまた一通り話し合った。結局10時過ぎまでいて、漸く出た。出る際にオーナーの奥さんに挨拶して鍵を渡した。2日で750NTドル(約2250円)だったが、悪くなかった。
 台北駅から高速バスに乗り、台中市へ向かった。バスの座席一つ一つにテレビが設置されていて、最初は邪魔でしょうがなかった。何回かつけてみたが、度々電波障害を起すのでどうでもよくなってやめた。テレビはしまって、景色を見た。見ながらMP3も聴いた。この日は、陳綺貞の『華麗的冒険』を最初から最後まで聴いた。思えば、中国で仕事をしていた時、最初に台湾に行きたいと思ったのは、ただ『華麗的冒険』を台湾のバスで走りながら聴きたいというだけだった。その思いつきが僕を台湾まで運んできて、いろんなものを僕に見させた。不思議なものだなと思いながら聴いていると、感動して泣きそうだった。台湾に車で暫く聴くのを我慢していたので、綺貞の声が随分懐かしかった。「長長的路的尽頭是一片満是星星的夜空 這一身尚華麗的冒険没有真実的イ尓陪我走 長長的時間的旅程充満太多委曲的誘惑 数不清対イ尓承諾過的一切還有多少没有実現過・・・」。・・・。
 そういった変態的な気分のまま、バスは台中駅に到着。『地球の歩き方』に載っている一番安いホテルへ向かう。ホテルは駅のすぐ近くにあった。古いホテルで、外も中もボロボロだったし、シャワーとトイレは共同だったが、受付のおばさんはいい人だった。ロビーの椅子に座っておばさんと話していたおじさんもよさそうな人だったので、何となく安心した。一泊300NTドル(約900円)だった。部屋に荷物を置いてから、この近くにおいしいレストランはないかとおばさんに尋ねたら、近くにあるというので行ってみることにした。行ってみると庶民的な定食屋で、「鶏肉飯」と「ピータン豆腐」を食べた。台湾の飯はそう外れないが、どれも同じような味がする気がする。
 昼食も済ませてぶらぶら歩いていると、さっきホテルで見かけたおっさんにばったり会った。聞くと、台中へは仕事で来ているという。僕はてっきりホテルの人間だと思っていたので意外だった。今からケンタッキーで客に会うが、その後は暇なので台中を案内してやろうかと言うので、図々しいのは承知で案内してくれと言ってみた。何となく人恋しい気分だったし、いろいろ聞いてみたいこともあったのだ。彼は本名を名乗り、「阿材」と呼んでくれと言った。40歳独身の台南人で、保険のセールスをしているのだという。
 ケンタッキーでの商談が終わった後(商談は1時間ぐらいで終わった)、約束通り台中市内を案内してもらった。道中いろいろ教えてくれる。「あれは日本統治時代の建物だ」とか「台湾は狭い道が多いからバイクが便利だ」とか。閩南語(台湾語)の自己紹介も教えてもらったが、正確な発音は忘れてしまった。「精明一街」(『地球の歩き方』で「台中のシャンゼリゼ」と紹介してあった)に行きたいとリクエストして連れて行ってもらった。確かにおしゃれっぽい通りではあったが、範囲は随分狭かった。空き店舗も多かったが、阿材によるとリーマンショック以来の不景気が影響しているらしい。「看板出租」(看板貸し出し)という看板があったので、「台湾でも《看板》という言葉を使うのか」と聞いたら、使うという。大陸ではそういう言い方はしないので、日本統治期の日本語の名残なのだろう。そういえば、韓国でも看板のことを「カンパン」と言っていて、漢字も同じである。「看板」というのは和製漢語だろうから、韓国の「カンパン」も日本語から来ているにちがいない。だとしたら、なぜ「看板」が台湾・韓国両方で残ったのだろうか。一通り考えてみたが、結論は出なかった。一つは字面が解りやすかったからかもしれない。
 夕食を一緒に食べようということになって、なぜかスーパーに入った。よく解らないまま付いていくと、ビールを買い始めた。入り口のほうに椅子とか机があったので、先生どうやらここで食べるつもりかなと見ていたら、案の定ここで食べようという。ビールをテーブルに置いたあと、「この近くに鴨肉のおいしい弁当屋があるから買ってくる」と言って、カバンを置いて出て行った。待っていろというので待っていたら、30分ぐらい帰ってこなかった。目の前に「サーティーワンアイスクリーム」があって、看板にカタカナで「サーティーワンアイスクリーム」と書いてあった。台湾にいて驚いたことの一つは、しょっちゅう日本語がそのまま使用されていることだ。このスーパーの中だけでも、日本語のラベルそのままの輸入商品がたくさんあったし、テレビのCMでも日本のCMをそのまま流して字幕を入れているものを何本も見た。どういう料簡で使っているのかは解らないが、日本に対してのイメージはいいようなので、悪い気はしない。
 30分して阿材が包みをぶらさげて帰ってきた。鴨肉と鶏肉があった。鶏肉は例の「口水鶏とか「塩水鶏」とかいうやつ(両者の区別が未だにつかない)で、塩味がビールによく合った。阿材はさらに鰻の蒲焼を店内で仕入れてきて、奢ってくれた。さっき店内で見つけたとき、日本より随分安いので羨ましいと言ったのがまずかった。悪いなと思いながら食べたが、案の定おいしくなかった。結局全部奢ってくれた。僕も無理に出そうとは思わなかった。
 台湾の流行音楽が好きだと言ったら、音楽を聴けるバーに連れてってやると言う。それは面白そうだと思って、連れて行ってもらうことにした。聞くと、「五月天」も台中の出身で、バーの主人は以前「五月天」とも多少絡みがあったらしい。嘘か本当か解らなかったが、狭い台湾のことなので、案外本当かもしれんと思った。それまで時間があったので、スタバに行ったり公園に行ってダンスしているおばさんを見たりした。阿材は以前の恋人が台中にいて、どうやらもうすぐ結婚するらしいのだと言った。根掘り葉掘り聞こうかと思ったが、彼もさすがに大分疲れてきたらしく、言葉少なだったのでやめておいた。
 バーは10時に入った。フロアは案外小さく、テーブルも3つか4つ小さいのがあるだけだった。まだ音楽は始まっていなくて、おじさんとお姉さんが数人、酒を飲みながらしゃべっていた。阿材はみんなにひととおり挨拶して、また僕をそれぞれに紹介してくれた。バーの店長やら、何とかという会社の社長やら、整体の専門家やらに会った。阿材はあんな安宿に泊まっている割には随分立派な人たちと付き合っているらしかった。店内には有名人の写真も多く貼ってあったが、僕が知っている人はいなかった。唯一、斉秦は『橄欖樹(ガンランシュー)』を歌った斉豫の兄ということで、間接的に知っていた。僕は『橄欖樹』がなぜかやたらと好きで、何度も聴いたことがあるのだが、なぜどこで初めて聴いたのかさっぱり思い出せない。しばらくすると、その斉秦の兄という人が来店して、近くの席に座ったので、ほんの一言挨拶した。髭を生やして痩せたおっさんだった。
 しばらくして、演奏が始まった。おっさんバンドだったが、サックスもあったりしてなかなかよかった。店長はベースを弾いていたが、一番うまい感じがした。斉秦の兄も飛び入りで1曲歌ったが、すごいしゃがれ声だった。綾戸智恵の声をスロー再生したような声だ。こいつはプロだなと思ったが、恐らく全盛期の声量を知っている人にとっては、「この人も声が出なくなったな」という感じなのだろうといった声だった。なんにしても素晴らしかったので、ひとしきり拍手した。演奏の合間に、阿材が「檳榔(ビンラン)」を買ってきた。台湾に来てからずっと気になっていたこの「檳榔」は、煙草屋で煙草と一緒に売られていたり、「檳榔」だけを売っている専門店もあったりして、とにかく街中に溢れている。確かにさっき阿材に「檳榔」とは何か聞いた気がする。とすると、またしても気を使ってくれたわけだ。見ると、葉っぱに何やらわからない実のようなものが巻いてある。噛んでみろというので噛んでみると、ひどく苦い。しばらくして葉っぱを吐き出すらしいのだが、よくわからなかったので全部吐いてしまった。要するに煙草の代替品のようなもんなのだろうが、あんなまずいものよく食えると思う。
 演奏が終わり、整体屋がアメリカに行って一旗上げるのだという夢の話を一通り聞いてから、店を出た。ブランデーを何杯か乾杯していたので、少し足元がふらついた。外に出ると風が冷たかったので、風邪が悪化するんじゃないかと思った。昨日と同じぐらい疲れていたが、それほど辛くなかった。ずっと人と話していたので興奮していたのだろう。タクシーに乗って帰り、すぐにでも寝ようと思ったのだが、受付のおばさんに捕まってまたしばらく話した。すぐに終わるかと思ったら、30分ぐらい話した。おばさんもよっぽど退屈していたと見える。阿材とおばさんは基本的に閩南語で話したので、僕には内容がわからなかった。面白いのは、二人とも会話の中にたまに何気なく国語(北京語)を混ぜることだ。あるいは、国語じゃないと伝わりにくいニュアンスがあるのかもしれない。あと、数字を数える際も、なぜか国語になるようだった。それも、無理やりな印象はなくて、ごく自然に入ってくる。広州の人が広東語を話しているときに、いきなり普通話(北京語)を話したりはしないだろう。テレビ番組でもそうだったが、台湾では国語で話していたと思ったら急に閩南語になったり、またその逆をしたりということが頻繁にあるようだ。面白いと思った。
 解放されて部屋に戻ると、蚊がいた。寝ていると容赦なく手足を刺され、血を吸われた。おかげで痒くてよく寝られなかった。この宿は環境的には最悪だったと言っていい。


 
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